暴力犯罪ゲーム(一般的には陵辱系ゲームと呼ばれている)規制の件で、
多面体さんのblogエントリのコメント欄が荒れていた。あまりにひどいコメントは削除され、一定の配慮をしながら発言するコメンターや多面体さんのレスポンスよって、ようやく落ち着きを取り戻しつつあるようだ。(多面体さんの多大な努力に敬意を表します。どうぞご自愛くださいますように)
かのエントリーがアップされてから今日までの間には、見るに堪えないコメントが数多く投稿され、それを読むたびに「脊髄反射」しそうになる自分を抑えるのが精一杯といった感じだったが、下手にコメントをして批判者を呼び込む事を恐れ、気になりながらも発言は控えてきた。
もうだいぶ前になるが、時折拝見している「SHINAKOSAN IS OKINAWAN」さんの
レイプレイ((追記あり))のコメント欄を偶然目にしたことで、思いがけずダメージを受けてしまった。(驚いたことに、まだコメント欄は伸び続けている)
その後、
碧猫さんのエントリがきっかけで、はてなブックマークを足がかりにして、方々の議論(?)をできる限り読んでみた。
規制反対を訴えているエントリーがほとんどだったが、個々にその理由は違う。
ゲームの制作側にいる人。愛好家。ゲーム愛好家であっても暴力犯罪ゲームはしない人。同人誌の制作者。その他の人・・・。
暴力犯罪ゲームがなぜ作られるかについては、少ない予算で手間のかかるプロットを取り入れて作り込むことができないから、手っ取り早く性的な場面を取り入れる為に性暴力表現を使っているという事情もあるようだ(そればかりではないのだろうけれど)。しかし、一般的に好まれないこともあり、暴力犯罪ゲームは少なくなっているという。
先日ゲームシナリオを書いている友人(女性)と飲む機会があり、この件について制作側としてはどう思うかと聞いてみた。彼女は主に女性向けのゲームシナリオを書いているが、いわゆる「陵辱表現」はユーザーからの批判が多いそうだ。特にシリーズ物などでは、そういったユーザーの声が次の作品のプロットに影響するということだった。
なぜ、性的な暴力表現を取り入れたゲームを愛好するのかについては、それぞれに違う背景があるようで、制作側の事情と同じように単に性的な表現が多いからという人もいれば、そういった表現を好むといった人まで、様々なグラデーションがあるのだろうと思う。
前々回のエントリでこの件について触れているが、ゲームの内容ではなく擁護派の意見に多く見られる「性暴力」と「性行為」の混同を指摘をした。そのエントリに付けられた「はてブ」のコメントに気になるものがあった。
自分の性の嗜好がノーマルで差別的でないと思う人こそ、レイプゲームは暴力であってポルノではないなどと逃げずにポルノについて自省するべきだ。欲望を矯正する社会より、自制を教化する社会でありたいものだ。
私のセクシャリティーにまで言及されてしまったが(苦笑)、似たような言説はどこか別の所でも読んだ気がする。あまりにも沢山読んだので、どこだったか探し出せないけれど。
セクシャリティは本当に個人的なもので、例えどのようなものを「欲望」しようと誰からも批判されるものではないし、私も批判しようとは思わない。それが脳内で完結している限りは。
現在なぜこういったゲーム(あるいは創作物)が問題にされているかと言えば、その「欲望」が「表現」され、その表現に痛みを感じる人がいるからだろう。私はといえば、ゲームの内容(それも大きな問題ではあるけれども)よりも、それを擁護する人たちの一部で行われている二次加害ともいえる言説に痛みを感じている。
脊髄反射的あるいは過剰反応なコメントが多いのは、なぜなのだろうか・・・。
ゲームを批判されたことで自分のセクシャリティそのものを批判されたと思いこむとか、自分の趣味を取り上げられると思うとか・・・。
多くのコメントで「ゲームと現実の区別はついている」と繰り返し表明されている。それは確かにそうなのだろう。
しかし、ゲーム愛好者は実際の性暴力被害者の痛みにコミットしなくてはならないのか?という問いも、ちらほら。
これは私の推測に過ぎないけれども、実際に直接的な被害者が存在しないゲームという表現だからこそ、彼らは安心して自分の欲望を発散することができるのだろう。つまり、現実の事件による被害者の痛みを切り離すことによって、心おきなく表象に欲望することができるということ。だからこそ、彼らは被害者の声に過剰反応するのではないか。
ぶっちゃけた話「私を正気にさせないでくれ」ということなのだろうと想像する。(もう少しくだけた表現にしたいところだけど、あんまりなので自粛)
※「彼ら」と書いたが性別には拘泥してはいない。
暴力犯罪ゲームの内容を批判する人、あるいは嫌悪感を抱く人(そのほとんどは規制に反対している)の意見に対して真摯に向き合おうとしている擁護派の人達にとっては、そのような脊髄反射的で二次加害になりかねないコメントはノイズであるばかりか、規制を推し進めている陣営から利用されかねない脅威であるはずだ。
最近の議論の中では、上にあげたような、ゲーム内容を問題にしている規制反対派の人たちから、同じような指摘がされているのを方々で目にしているが、ゲーム擁護派の方達から、それらの言説に対する指摘や批判は余り見かけない。規制を推進する陣営への表だった反論やアプローチも。
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7月1日追記:「表だった反論」とは、ネット上の主だったところでの反論(匿名も含む)のつもりで書きましたが、言葉が足りず誤解を生んでしまいました。申し訳ありません。
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批判する相手は、実際に規制を推進しようとしている人達なのではないかなぁ。
ご注意(このエントリのみ、お読みいただいている方へ)
・○○派という表現は便宜上のものであり、そのような派閥があるとは考えていません。
・私は陵辱系ゲームの内容に嫌悪感を持ってはいますが、それらをプレイしている人を嫌悪しているわけではありません。
・表現規制には反対です。
・「はてな」や「FC2」にはTBが通りません。TBできなかったリンク先の皆様すみません。
参考:
性暴力と性行為の混同か、性暴力の性行為への読み替えか
http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090620/1245531573オタク界隈におけるエロ表現のカジュアル化とは?
http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090619/1245379415Eros or Violence
http://uchya.blog109.fc2.com/blog-entry-1200.htmlコメントにお答え
http://uchya.blog109.fc2.com/blog-entry-1201.html性暴力ゲームについて
http://taraxacum.seesaa.net/article/121899674.html「表現の自由」万歳!
http://blog.livedoor.jp/gegenga/archives/51677035.html自分の性的嗜好って、ポルノなのかな? - たまごまごごはん
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20090624/1245788382他人の不幸はアンタのズリネタですか? - 中学生日記「誰にも言えない」放映前の反応について
http://d.hatena.ne.jp/miyakichi/20060703/1151894484