数字から見えてくるもののコメント欄で、ハロー・テキサスさんからいただいた以下のコメント
至極まっとうだと思いますが、こういう動きも出ています。
http://s01.megalodon.jp/2008-0626-0436-39/www.asahi.com/national/update/0625/TKY200806250323.html
について、特に感慨はないので書くことはありませんとのコメントをお返ししたのですが・・・。
あまり反応したくないというか、するべきではないのだろうという思いもあります。
この件について他のblog(元検弁護士のつぶやき:
犯罪被害者・遺族も抗議)での議論を読んでいて、書きたいことが出てきましたので記事としてアップすることにしました。
「あすの会」については、以前に
ぐちゃぐちゃ(その1)で書きました。
ほかのblogでの議論なら、そこに切り込んでいけばよいのですけど、長くなりそうですので自blogに書いてTBを送ろうと思います。
コメント欄での議論では賛否両論があるのですが・・・。
No.13 MultiSyncさん | 2008年6月26日 22:45
記事から読み取れる事実は、「全国犯罪被害者の会」は(正規に確定した)死刑が、決められた通りに執行されることを望んでいる。
と、なりますから正当性は完璧です。
ちょっとここに反応。
モトケンさんのblogのエントリでは
朝日「死に神」報道、あすの会が抗議(産経ニュース)を引用しているので、記事の内容が上記の朝日の記事とはニュアンスが随分違います。
「全国犯罪被害者の会」(あすの会)は25日、「犯罪被害者や遺族をも侮辱する内容」だとして、朝日新聞社に「抗議および質問」と題する文書を送付した。
文書は「確定死刑囚の1日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は、法相と同様に死に神ということになり、死刑を望むことすら悪いことだというメッセージを国民に与えかねない」などとしている。また、死刑執行の数がどうして問題になるのか-など4項目の質問に、1週間以内に回答するよう求めた。
抗議文、全文を引用した方が齟齬がないかな。
公開質問状なので問題ないでしょう。
http://www.navs.jp/2008_6_25.html【朝日新聞社に公開質問状提出】
2008年6月25日
朝日新聞社
代表取締役社長 秋山耿太郎 様
全国犯罪被害者の会(あすの会)
代表幹事 岡 村 勲
【 抗議および質問 】
平成20年6月18日付け貴社夕刊に「永世死刑執行人 鳩山法相。「自信と責任」に胸を張り、2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神。」という素粒子欄記事(以下「本記事」という)を見て驚愕しました。
永世死刑執行人、死に神の正確な意味は分かりませんが、少なくとも良い意味では使われてはいません。本記事は、法務大臣だけでなく、死刑求刑した検察官、死刑判決した裁判官、執行に関与した関係者等すべてを侮辱するものと言わざるを得ません。
特に衝撃を受けたのは犯罪被害者遺族です。
確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は、法務大臣と同様に永世死刑執行人、死に神ということになってしまいます。
犯罪被害者遺族は、これまで数多くの二次被害,三次被害を受けてきましたが、今回ほど侮辱的で、感情を逆撫でされる苦痛を受けたのは初めてです。
また本記事は、犯罪被害者遺族が、死刑を望むことすら悪いことだというメッセージを国民に与えかねません。
死刑判決が確定した死刑囚に対して、法務大臣が原則として6ヶ月以内に死刑を命じなければならないことは、刑事訴訟法475条に定められており、鳩山法務大臣は、法律に従って粛々と死刑執行を命じたに過ぎないのです。
本来法治国家とは、法律が制定されるだけでなく、それが執行されてはじめて意味を持つものですが、法を執行する法務大臣を非難することは、法治国家を否定することにもなります。
本記事が掲載された後、多くの非難抗議を受けた貴社は、「鳩山氏や関係者を中傷する意図はなかった、法相のご苦労や被害者遺族の思いは、十分承知している」など弁明されましたが、本当に分かっておれば、このような侮辱的な言葉は使用できないはずです。
「風刺はつくづく難しいと思う」ともありましたが、死刑という厳粛な問題を風刺の対象にすることも、不穏当ではありませんか。
そこで、次のとおり公開の質問をいたしますので、1週間以内に全国犯罪被害者の会(あすの会)宛にご回答を頂きたく、お願いいたします。
【 質問事項 】
永世死刑執行人、死に神の意味を明らかにしてください。この言葉に、犯罪被害者は塗炭の苦しみを味あわされているのです。
本記事が、死刑を求める犯罪被害者遺族にどんな気持を起こさせるか考えなかったのですか。考えたとすれば、どうして本記事を書かれたのですか。
本記事後、貴社は「法務大臣や関係者を中傷する意図は全くありません」とのコメントを発表していますが、意図はどうであれ、「永世死刑執行人、またの名、死に神」との記載は、法務大臣に対する侮辱中傷になると思いませんか
6月21日の素粒子「それでも死刑執行の数の多さをチクリと刺したつもりです」とありますが、法務大臣の死刑執行の数がどうして問題になるのでしょうか。
以 上
私も犯罪被害者ですけど(遺族じゃないけど、自分の受けた犯罪被害と同様の事件で、自分が被害を受けた1週間後に親友を亡くしたことは以前にも書きました)
特に衝撃を受けたのは犯罪被害者遺族です。
確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は、法務大臣と同様に永世死刑執行人、死に神ということになってしまいます。
私は
「確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は」と、「あすの会」という、一被害者団体から括られることを由としません。
まるで、被害者代表みたいに読めますもん。
先にリンクした「ぐちゃぐちゃ(その1)」で危惧していた
以前に書いた私の親友が殺害された事件では『無理心中』であった為に、結局、加害者は亡くなりましたが、遺族となったお母さんやご兄弟は「せめて○○さん(犯人)だけでも助かって欲しい」と最後まで祈っておられました。
状況が違うので一概に言うことは出来ませんが、そういう遺族の方もいらっしゃいます。
どういう形で「被害からの回復」を目指すかは個人にゆだねられるべきだと思います。会の目標にそぐわないからといって排除する事は、疑問を抱かざるを得ません。
が、全ての被害者や被害者遺族に波及してしまったようで悲しみすら覚えます。
被害者が、どんなことを考えているか、感じているか、私は「あくまでも個人の意見」として発信してきました。シーラの会も被害者支援の一つ形ですが、私の意見はシーラの会の意見ではないし、シーラの会として表明したものでもありません。
本村さんをはじめとする「あすの会」のメンバー個人が発したなら「被害者遺族は」と言ったとしても、私見となるのだろうと思いますが・・・。
これほどまでに影響力を持った団体が「私達、あすの会は」ではなく「被害者遺族は」と表現してしまう意味を、できれば考えて欲しかったと思います。
心情としては分からなくはないです。てか、こういうふうに「死刑反対」を唱える犯罪被害者の方が少ないでしょうけれど。
この公開質問状にあるような、犯罪被害者遺族が、死刑を望むことすら悪いことだというメッセージを国民に与えかねない。というのは、現在の世論の動向を考えるとありえないでことしょう。誰もそんなことを考えていませんよ。
逆に、犯罪被害者遺族が死刑をのぞまない事が悪いことだとして、一部の被害者遺族の退会を促してきたのが「あすの会」です。
もう一度言います。
どのように犯罪被害から回復するかは、個人にゆだねられるべき事です。また特定の団体の意見が、全ての意見の代表であるかのごとく前面に出でるべきではないと考えています。
本来法治国家とは、法律が制定されるだけでなく、それが執行されてはじめて意味を持つものですが、法を執行する法務大臣を非難することは、法治国家を否定することにもなります。
確かに正論ですけどね。
これが、スタンダードな見解になっていくのでしょうね。
6月27日16:00追記夕べ夜中に書いてしまったので、かなり難のある文章ですね(反省)
肝心の部分が抜けてるし。で、その部分を追記します。
そもそも「あすの会」の抗議文に反応したくないと思った理由は、自分の家族が受けた被害の加害者の死刑が執行されたわけではないのに、この抗議文を出したことでした。今回の「死に神」発言の元となった、3名の元死刑囚の方々から被害にあった遺族が出した抗議文であれば理解できます。「あすの会」は代理人か何かなのでしょうか?
毎回書いているように、自分の家族を殺害された場合、その加害者の死を望むことは誰にも責めることはできません。しかし・・・。
文中にある『確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は』という表現は、端的に言えば犯罪被害者遺族は、自分とは関係のない死刑囚の死でさえ望んでいると解釈できます。
朝日の記事を「あすの会」は、被害者遺族に対する侮辱だと書いています。
では「あすの会」のこの発言は、無関係な事件の死刑囚に対して処刑を望んでいない「あすの会」の会員ではない遺族に対する侮辱とはならないのでしょうか?
私だったら「一緒にしないでくれ」と思います。
上記の
>「あすの会」という、一被害者団体から括られることを由としません。
という一文は、そういった意味を書きたかったのでした。
それともう一つ
>確かに正論ですけどね。
>これが、スタンダードな見解になっていくのでしょうね。
について
法律で決まっているからという発言は
刑事訴訟法第四百七十五条 死刑の執行は、法務大臣の命令による。
○2 前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。
に依拠している訳ですが、
その後段には
但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。
第四百七十九条 死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によつて執行を停止する。
という文言が含まれます。
宮崎勤氏の場合でいえば、精神科治療を受けていたこと(幻覚、幻聴があったと聞きます。統合失調症なのか、その他の精神疾患だったのか、拘禁反応だったかは定かではありません)、再審請求の準備をしていると宮崎氏の弁護人は法務省に連絡(5月30日)していました。鳩山さんもその事実は知っていました。
その矢先での執行です。
法律で決まっているからというなら、こちらはどうなんでしょうか?
抗議文についての心情は理解できても、表現方法や手法に問題があると思います。