2010年10月20日

「医療ネグレクト」という名付け

前回のエントリで、医療ネグレクトの定義についての私の考え方と、医師がホメオパシーを積極的に使用することの弊害を一緒に書いてしまったため、非常に分かりにく文章になってしまいました。はてブその他の反応に対するお返事もしなければと思いながら、いろいろなことを考え続けていました。

NATROMさんがお書きになった「医療ネグレクトの定義」と「ホメオパシーはまた人を殺すだろう」というエントリを拝見して、少し考えがまとまってきたので忘れないうちに書いておこうと思います。

まずは前のエントリのブクマでの反応を2つ

triggerhappysundaymorning 宗教カルトの「自分の子供に輸血させない」がネグレクト認定されてんだから当然こっちもネグレクトだろ.

north-pole ホメオパシー 「誤った信念に基づいて必要な医療を受けさせない」のは「医療ネグレクト」に入るというのが一般的では


また、NATROMさんの「医療ネグレクトの定義」では、東京都福祉保健局のサイトにある医療機関のための子育て支援ハンドブックからの医療ネグレクトの定義を引きながら
医療ネグレクトとは、医療水準や社会通念に照らして、その子どもにとって必要かつ適切な医療を受けさせないことです。

親の意図を問わないのがポイントの一つである。子を嫌って医療を受けさせていないのではなく、子が治ることを一心に願っていたとしても、必要かつ適切な医療を受けさせなければ、医療ネグレクトとされる。

と書かれています。皆さんのご意見は、その通りだと思います。

個人的には医療ネグレクトといわれているものの一部には「医療を使った身体的な虐待」としか形容できないものが含まれていて、ネグレクトと考えることで介入の遅れや困難を招いているのではないかと考えています(特に年長児の場合は一般的に身体的虐待よりネグレクトのケースの方が介入が遅れがち)。
しかし、具体的な介入や対応を考える上で定義や言葉の問題に余り拘るべきではなかったと思いますし、一般に使用されている定義にまで踏み込むべきではありませんでした(その他の一般によく用いられる定義も参考に。注1)。そして、当事者の抵抗感を和らげたいという思いから「強いていえばabuse」と、もにょってしまった末に論の展開が強引になってしまったことを反省しています。

ある事象に「医療ネグレクト」という名付けが行われ、認知されたことで公的な介入が行われるようになったのは良いことだと思っています。被害の掘り起こしも行われるでしょう。今後は具体的にどのような対策がとられるかが重要な問題となります。

いまのところ、親による医療拒否と医療ネグレクトとの概念の区別がされていないことによって関係機関の対応が場当たり的になっていたり、「代理によるミュンヒハウゼン症候群」を医療ネグレクトに含めるなど概念の混乱も起きています(注2)。法的な対応としても現行では「親権喪失の宣告の請求及び保全処分として親権者の職務執行停止・職務代行者選任の申請」という緊急避難的な対応でまかなっている状態で(注3)、これによって不都合も起きています(注4)。

前回エントリを書く時に、どのようなケースが医療ネグレクトとして扱われているのか調べてみたのですが、日本では事例や判例、その研究も殆ど蓄積できていない状態のようです。医療拒否事例の多くは医療ネグレクトととしては扱われておらず、虐待死亡事例としてもカウントされていませんでした(注5)。また、先天的な障害や疾患を持って生まれた新生児が親などによる医療拒否によって命を失っていますが、公になっていないケースもあるようです。医療ネグレクトという概念の中には生命倫理や憲法問題も含め深遠な問題が横たわっているのですね。

児童虐待やネグレクトへの対応について、現在のような親権の全面的な制限だけではなく監護権の一部あるいは一時的な停止ができるよう議論が行われてます。来年には児童虐待防止法の付則に掲げられた民法の親権規定が改正される見通しです(注6)。

現実的な問題として、ある事例に医療ネグレクトと名付けたとしてもケースとしての報告が上がらなかったり対応策がなければ何の意味もありません。
親権規定の改正案が本決まりになれば一波乱ありそうですが、子ども達を救済するためには法案を通さなければなりません。是非とも皆さんのお力を貸していただければと思います。そして、ホメオパシーを含めて現在行われている医療ネグレクト問題の議論が具体的に実を結ぶことを切に願っています。

余計なことまで書きすぎたかもと内心びくびくしていますが…。
これを読んでくださった方々が、今後の法改正の経緯に関心を持ってくだされば幸いです。





注1
法務省HP医療ネグレクトの定義(PDF)より引用
1 .厚生労働省 雇用均等・児童家庭局総務課長名による通知
「 医療ネグレクトにより児童の 生命・身体に重大な影響がある場合の対応について」
(雇児総発第 0331004 号)(平成20年3月31日)

『保護者が児童に必要な医療を受けさせることを怠る医療ネグレクト』
『医療ネグレクトにより児童の生命・身体に重大な被害が生じ得る事例が対象となる。なお、児童の精神に重大な被害を与える事例についても対象になり得る。』

2.子ども虐待防止学会(JaSPCAN)(1999 年)「子どもの健康に関することで、医療的ケア、健康ケアが必要であるにも関わらず、適切なケアが施されない結果、心身の障害をきたすもの、あるいはきたす可能性のあるもの」

3.研究班(2009年) 医療ネグレクトの考え方は多様であるが、法的対応も含めた介入を緊急あるいは積極的に行う必要がある状態としては、以下のような操作的定義が考えられる。

 医療ネグレクトとは、以下の1~5の全てを満たす状況で、子どもに対する医療行為(治療に必要な検査も含む)を行うことに対して保護者が同意しない状態をいう。
1 子どもが医療行為を必要等する状態にある
2 その医療行為をしない場合、子どもの生命・身体・精神に重大な被害が生じる可能性が高い(重大な被害とは、死亡、身体的後遺症、自傷、他害を意味する)
3 その医療行為の有効性と成功率の高さがその時点の医療水準で認められている
4 (該当する場合)子どもの状態に対して、保護者が要望する治療方法・対処方法の有効性が保障されていない
5 通常であれば理解できる方法と内容で子どもの状態と医療行為について保護者に説明がされている。

注2
わが国における医療拒否に関する調査(PDF)
V.児童相談所対象の調査(2008年、山本)
2)主な医療ネグレクト内容
「継続治療が必要な慢性疾患の通院中断・断続状態」:22%
「風邪や軽い疾病の放置」:17%
「医療管理のための定期的検査未受診」:12%
「乳児の軽度栄養障害」:11%
「生命の危険を伴わない代理ミュンヒハウゼン症候群」:9%

上記報告書によれば「代理ミュンヒハウゼン症候群」などが医療ネグレクトとして扱かわれているのは、子どもの健康状態が脅かされる状態の放置と広く受け止めているとのことだが、その様態からいっても積極的に子どもの健康に害をなす「代理ミュンヒハウゼン症候群」は身体的虐待に分類されるべきものである。

注3
子どもの虐待対応の手引き(PDF版)21年度改正
5. 保護者による治療拒否の事例への対応
保護者による治療拒否は,保護者の果たすべき「治療を受けさせる義務」を怠るネグレクトの 一形態(医療ネグレクト)であるが,児童相談所や施設が子どもを保護するだけでなく,子ども が必要としている医療を受けられるようにすることも求められる。治療拒否の理由が保護者の信 念(宗教的信念等)に基づく場合も多い。医療ネグレクトの事例は家族や地域からだけでなく, 医療機関からの通告で明らかになることも多い。
医療行為は原則として事前に患者の同意を得て行われるが,低年齢の子どもの場合は有効な同 意能力がないと判断されるので,保護者(親権者)が代わりに同意することになる。子どもに医 学的治療が必要な疾患があり,治療を行わなければ子どもの健康が著しく損なわれたり,生命に 危険が及ぶことを保護者に説明しても保護者が治療を承諾しない場合,保護者に代わって医療を 承諾する対応が必要になる。合理的な理由なく子どもの治療を拒否している場合は親権の濫用に 相当するので,児童福祉法第33条の7に基づいて児童相談所長が親権喪失の宣告の請求及び保全 処分として親権者の職務執行停止・職務代行者選任の申請を行い,職務代行者又は未成年後見人 が親に代わって承諾することができる。施設に入所している子どもの医療に保護者が同意しない 場合は,児童福祉法第47条第2項において施設の長が監護については必要な措置をとることがで きるとされているので,親権者に代わって承諾することができる。
実際には,子どもの重症度と医療の緊急性,保護者の治療拒否の理由や背景によって,慎重か つ迅速な対応が求められる。医療機関との連携が重要であることは言うまでもないが,法的,倫 理的な問題も含んでいるので,家庭裁判所や弁護士などとも緊密な連携を持ちながら対応するこ とが大切である。

注4
中日新聞2003年8月10日朝刊より要約
2000年6月、先天性の心臓病を持つ男児の手術に同意せず民間療法等を用いて自分の手で治したいと主張する両親に対して、児童相談所は「生命に危険を及ぼしかねず、親権の乱用に当たる」として、一時保護の後、親権停止の保全処分を家裁に請求して認められた(請求して1ヶ月半後)。職務代行者である親族が手術に同意し2度の手術の後回復。記事が掲載された2003年当時、男児は児童養護施設で生活し、児童相談所は術後の経過確認の検査があるとして親権喪失宣言及び保全処分請求を取り下げていない。(この種の審判例として公になった最初のケースである)

注5
資料1:わが国における医療拒否に関する調査(PDF)より、医療拒否がすなわち医療ネグレクトとは扱われているわけではなく、信仰による拒否が医療ネグレクトではなく医療拒否事例として扱われているなど

資料2:子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第6次報告)
2008年4月1日から2009年3月31日までの12か月間を対象とした調査で、この間に子ども虐待による死亡事例として厚生労働省が把握した事例は107例(128人)中、心中を除いた64例(67人)であるが、医療ネグレクトとされたケースは1件もない。
(資料1で、医療ネグレクトによる死亡13例とある「III.全国小児医療機関対象の調査(2008、柳川)」の調査期間と重なっている)

資料3:被虐待児の法医解剖剖検例に関する調査 2000年~2006年(PDF)
4-2-2.ネグレクト事例(P3)より引用
死因は医療ネグレクトである12歳児と15歳児を除いた 25例中全身衰弱7例、熱中症6例、窒息5例、脱水症3例、その他4例となっている。

以上のように、この調査での虐待死113例中、医療ネグレクトとしてあげられているのはわずか2例である。

注6
虐待防止へ親権制限…民法改正方針 子供保護しやすく(2010年1月5日 読売新聞)
児童虐待防止のための親権制度研究会報告書等の公表について(法務省)
児童虐待防止のための親権制度研究会 議事要旨および資料
児童虐待防止のための親権制度研究会報告書(PDF)


参考資料
日本における医療ネグレクトの現状と法的対応に関する文献検討
新生児医療と治療拒否に関する医療系関連論文
宗教的輸血拒否に関するガイドライン 宗教的輸血拒否に関する合同委員会報告(PDF)
児童虐待による死亡事例等検証報告書 (平成21年10月 生後7か月児死亡事例)(PDF)
子どもの医療に対する親の決定権限とその限界 永水 裕子 (その1)(その2・完


参考図書
1.子どもの医療と法(小山剛,玉井真理子 編,尚学社,2008)
2.子どもの医療と生命倫理(玉井真理子,永水裕子,横野恵 編,法政大学出版局,2009)
3.メディカルネグレクトの対応について(子どもの虐待とネグレクトVol.2-1,日本子どもの虐待防止研究会,2000)

posted by akira at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 児童虐待 | 更新情報をチェックする
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