2008年06月29日

悲しき性(「さが」だからね)

例によって花岡氏がまた、沖縄米兵による暴行事件のことを何だかんだといっておられます。
朝日新聞の「死に神」発言と、当時ご自身が「鬼畜」「セカンドレイピスト」と呼ばれたことを重ねていらっしゃるようです。
記事のテーマはたぶん「言論の自由」なんだろうなーと拝察しますが、何が言いたいのかよくわからんです。

はなさんのポリログ「死に神」所感続き 
「鬼畜」などというのは、どう考えても名誉毀損、誹謗中傷であって、ヒマがあれば、法的措置を取ろうかとも思う。

 であっても、そういう表現をする「自由」も一方にはある。そこがなんとも難しいところだ。

法的措置をとるのかしら。どっちですか?と思っていたら、コメント欄に
ここは「鬼畜」を自分のハンドルネームにでもしてやろうか、ぐらいに笑い飛ばして受け止めることにします。

だったら初めから「法的措置を取ろうかと思う」なんて書かなきゃ良いのにね。別にやって貰ってもかまわんけど。

自分が発した言葉でどれほど多くの人を傷つけても、それは、あっという間に忘れてしまい、自分が傷つけられたことだけは、いつまでも覚えている。
なんとも悲しい人の性ねというお話し。

TB先
vanacoralの日記
「鬼畜」花岡信昭、懲りず
はなさんのポリログ
「死に神」所感続き 
かめ?
文部官僚出身・下関教育長の、素晴らしい歴史認識

posted by akira at 16:30| Comment(8) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

保坂氏が質問主意書を提出

保坂展人のどこどこ日記に「死刑執行と裁判員制度に関する質問主意書」&答弁書 というエントリがアップされています。
質問内容は大きく分けて以下の3点です。

1.宮崎勤氏の死刑執行について以下の項目に基づいた質問
刑事訴訟法第四百七十五条 
但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。
第四百七十九条  
死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によつて執行を停止する。

2.国連人権理事会、国際人権(自由権)規約委員会、拷問禁止委員会などからの勧告についての日本政府の見解についての質問

3.裁判員制度についての質問(主にサイバンインコについて)

国連関係は、未だ勉強不足(少しずつ関連資料を読んではいますけど)で語る言葉を持ちません。また、サイバンインコについては突っ込む気にもならんので、宮崎氏の死刑執行についてのみ書いてみます(専門分野に近いし)。

ふたたび「あすの会」について【追記有り】の追記部分で、刑事訴訟法第四百七十五条、第四百七十九条と宮崎氏に対する死刑執行への疑問を書きました。

宮崎勤氏の場合でいえば、精神科治療を受けていたこと(幻覚、幻聴があったと聞きます。統合失調症なのか、その他の精神疾患だったのか、拘禁反応だったかは定かではありません)、再審請求の準備をしていると宮崎氏の弁護人は法務省に連絡(5月30日)していました。鳩山さんもその事実は知っていました。
その矢先での執行です。


私が特に危惧しているのは執行時の精神状態です。
犯行当時の精神鑑定は3名の鑑定人が行いましたが、その結果は全て異なり、結果的に心神喪失や心神耗弱は認められず死刑が確定しました。裁判員制度においても「精神鑑定」をどう見るかということが、今後大きな問題になっていくだろうと予想しています。
死刑のような取り返しのつかない刑罰の場合、その執行に対しては慎重にならざるを得ず、ゆえに刑事訴訟法第四百七十五条の後段や第四百七十九条の規定があるのだろうと考えます。

鳩山さんは「慎重の上に慎重を重ねた」「自信を持って」と強弁しました。それは果たして本当だったのか。
宮崎氏に関して心神喪失の疑いはなかったのか、それをどう確認したのかについて保坂さんが提出した質問主意書と回答の中から関連部分を引用してみます。

三、宮崎勤死刑囚は、一九九六年から精神疾患の治療に用いられる向精神薬を継続的に投与され、九九年には統合失調症の治療用の向精神薬も使用している旨の東京拘置所の回答書が控訴審に提出されたのは事実か。それから十年、死刑執行に至った六月十七日まで、精神疾患の治療は続いていたのか。

(答弁)三について
 個別の死刑確定者の具体的な病状等については,個人のプライバシーにかかわる事柄であり,お答えを差し控えたい。
 なお,御指摘の控訴審の判決においては,当該控訴審で取り調べた東京拘置所長作成の回答書には「被告人が断続的に向精神薬を投与されている」旨の記載があるとしつつ,「向精神薬が投与されたからといってその症状が直ちに拘禁反応と異なり分裂病性のものと断ずることができないことは多言を要しない」との判断が記載されていると承知している。

法務省はいきなり「個別の死刑確定者の具体的な病状等については,個人のプライバシーにかかわる事柄であり,お答えを差し控えたい。」と回答を拒否しています。
控訴審当時の精神状態は「向精神薬が投与されたからといってその症状が直ちに拘禁反応と異なり分裂病性のものと断ずることができないことは多言を要しない」ということだけは分かりますが。
四、宮崎勤死刑囚の執行にあたっては、「受刑能力」の有無が大きな論点となる。刑事局長は、直近の治療状況について「プライバシー」と確答を避けたが、精神鑑定でも「責任能力」をめぐって判断が分かれたケースだけに、明確に答えてもらいたい。東京拘置所の医師は、宮崎勤死刑囚に対して精神疾患の有無をどう判断していたのか。また、精神疾患についての投薬治療を過去十年間、どのように行ってきたのかを答弁されたい。その上で、「受刑能力あり」の判断の当否が議論出来るものと考えるが如何か。

五、刑事訴訟法四七九条は、「死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によって執行を停止する」とある。以下、死刑執行手続きと受刑能力について具体的に質問したい。

1 執行命令前に、命令対象予定者の「心神喪失の状態」を調査しているか。している場合は、誰が、どのように調査しているか。医師等の専門家の判断を経ているか。調査結果は文書になって記録されているか。
2 「心神喪失の状態」は、誰が、何を根拠に判断するか。

(答弁)四,五の1及び2並びに六について
 個別の死刑確定者の死刑執行の詳細に関するお尋ねについては,個人のプライバシーにかかわる事柄であり,また,今後の刑の執行等に支障を及ぼすおそれがあることから,お答えを差し控えたい。
 一般に,死刑確定者の精神状態については,常に注意が払われ,必要に応じて,医師による専門的見地からの診療等を受けさせるなど,慎重な配慮がなされている。また,死刑の執行に際しては,法務省の関係部局において,関係記録等を精査し,心神喪失の状態にあるかないかを含め,執行停止の事由の有無等について,慎重に検討している。
 法務大臣としては,書面や口頭で報告されたその検討結果を踏まえ,当該死刑確定者が心神喪失の状態になく,死刑の執行を停止する事由がないと判断し,かつ,確定判決を覆すような再審の事由,恩赦を相当とする情状等もないと判断した場合に,死刑執行命令を発しているものである。

「個別の死刑確定者の死刑執行の詳細に関するお尋ねについては,個人のプライバシーにかかわる事柄であり,また,今後の刑の執行等に支障を及ぼすおそれがあることから,お答えを差し控えたい。
う〜ん。木で鼻を括るというのは、こういう事なのかと。太字部分が本音だとお見受けします。これを公にしてしまうと、次の執行ができなくなるということなのでしょうね。

回答は、その後一般論に成り下がってしまいます。宮崎氏の場合はどうだったか?と聞いているのですけどね。
一般的にとしながらも「必要に応じて,医師による専門的見地からの診療等を受けさせるなど,慎重な配慮がなされている。」と述べていますが、「必要に応じて」と判断するのは、拘置所の医師や拘置所所長なのでしょうが、宮崎氏にこの専門的な診察を受けさせたかどうかは定かではありません。(一般的に言うと、抗精神病薬は医師であれば誰でも処方できますから)

3 これまで「心神喪失の状態に在る」として、法務大臣の命令によって執行を停止した事例は、戦後あるか。ある場合はいつ、どのような事例で、何件か。
4 「心神喪失の状態に在る」として法務大臣の命令によって執行を停止した事例がある場合、「停止」状態は、どのような手続を経て解除されるのか。

(答弁)五の3及び4について
 お尋ねのような事例は把握していない。


「そのような事例は無い」のではなく、把握していないのですね。これは問題でしょうね。

六、今回の宮崎勤死刑囚への執行にあたり、法務大臣は自ら「妙な言い方だが、自信と責任をもって執行できるという人を選んだ」と記者会見で語っている。個別死刑囚の執行について「世間を震撼させた凶悪事件」を想起させながら、言及するのは異例のことだが、ここまで自らの決断を公の場で語っているのであれば、以下具体的に答えてもらいたい。

1 法務大臣は、宮崎勤死刑囚に対する執行命令を発する際に、宮崎勤死刑囚の「心神喪失の状態にあるか否か」を判断する資料を検討したか。検討した場合、その資料の作成者は誰で、どのような内容だったか。
2 法務大臣は、宮崎勤死刑囚が心神喪失の状態に在るか否かについて調査したか。調査した場合は、どのように調査したか。
3 法務大臣は、宮崎勤死刑囚が心神喪失の状態に在るか否かについて判断したか。判断した場合、その判断結果はどうだったか。判断した根拠は何か。
4 執行命令を発するに際して、宮崎勤死刑囚に対して、外部医師等の専門家に「心神喪失の状態」に在るか否か調査・診断をさせたことがあるか。そのような調査・診断があった場合、誰にさせたか。その結果はどうだったか。
5 執行命令を発するに際して、宮崎勤死刑囚に対して、東京拘置所の医師に調査・診断をさせたことがあるか。させた場合、その結果はどうだったか。
(上記に答弁をまとめているが、事実上の答弁拒否)

ものすごく大切な質問の数々ですね。しかし、回答は拒否されてしまっています。
「個人のプライバシー」とはなんと都合の良い言葉でしょうか。
上でまとめて回答されている内容はただの一般論で、本件に関しては何の意味も持たないと思います。

確かに、抗精神病薬の投与=統合失調症ではありませんし、統合失調症=心神喪失状態というわけでもありません。しかし、彼に面会した誰もが、彼に死刑執行の本当の意味が分かっていたのだろうかと疑問を投げかけていることも事実です。

もし、自信を持って執行したのならば、どうしてどうやって調査したのか、その結果はどうだったのかをなぜ公表しないのでしょうか。全てを隠したままでは、法に則って厳粛に執行したかどうか、関係者以外には判断のしようがありません。
死刑が確定してしまえば後は密室での協議が行われ、本当に正しい判断が行われたかどうか誰にも分からない。今のシステムは非常に危険なものだと言わざるを得ません。
為政者の都合によって行われたとしても真相は藪の中ということになりかねません。そこまで政府を信用して良いのか?と思います。

死刑制度を存続させるのなら、どうやって死刑の執行が決められるかも公にすべきだと思います。死刑制度の実態を国民の目から覆い隠すことで、こういった矛盾も隠されてしまっています。これでは議論のしようがないではないですか。

死刑執行に関する第3者機関の設置、または協議時に外部の専門家を参加させること、そして、決定プロセスの公開を強く望みます。
posted by akira at 14:47| Comment(8) | TrackBack(0) | 裁判員制度 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月28日

モトケンさんのblog

※今日になって、無事投稿することができました。
記事を削除しても良いのですが、コメントが着いていますので、投稿したコメント部分だけ残しておきます。

元検弁護士のつぶやき「犯罪被害者・遺族も抗議」に投稿したコメントです。

>No.38 ponさま

返信ありがとうございます。

>あすの会では犯罪者の厳罰を望む"正しい"犯罪被害者遺族像が設定され、それに反する言動は許されないのです。

そういう意味だっのたですね。同意です。

ここからは、モトケン様の元記事と、こちらの議論への個人的な感想を書きます。

No.36 でponさまがご紹介くださった拙blogの記事(アクセス解析でビックリして飛んできた次第です)と、TBが通らなかった記事「ふたたび「あすの会」について」をお読み頂いた方が多いようなので、重ねて多くを申し上げるつもりはありません。

かの抗議文を読んでいて強く印象に残ったのは、その文言多くが、方々の死刑反対派のblogコメ欄に、ステハンで書き込まれる乱暴な意見に酷似しているということです。(しかも、あすの会の抗議よりネット上の意見の方が早くから出ていましたし)

また、「あすの会」の方達が使う「犯罪被害者は」という言葉が、どれほど大きなの影響を与えているのかも実感しました。あすの会の会員以外の個々の被害者や被害者遺族の感情と、あすの会の意見表明は分けて考えて頂ければと願います。


posted by akira at 23:49| Comment(4) | TrackBack(0) | 死刑制度 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ETVワイド(児童虐待の特集)

今夜のNHK教育 ETVワイドで児童虐待についての特集をやってました。
前半20分ぐらい見逃してしまいました。残念。

かなり良かったんじゃないですか。重かったけど。

出演者は
スタジオには児童虐待当事者5名。
ソニン(歌手・女優)
石田衣良(作家)
西澤哲(専門家) 
町永俊雄アナウンサー
桜井洋子アナウンサー

当事者は、どう分けるか難しいけど、被害体験のみ2名、被害加害体験2名、加害体験のみ1名(加害のみという訳ではない気がするけど)ということでした。

こういう構成の番組って画期的だと思います。(その是非は別として)
でも、出演された当事者の方達は、ものすごくきつかっただろうと思います。
ちょっと、修復的司法の匂いもしましたね。

当事者の方達の体験をインタビューや再現VTRで紹介した後、その時の心境などを司会者やゲストが聞いていくという感じでした。
途中、桜井アナウンサー(かな?)の質問で、被害当事者の方が解離してしまう場面もあり、(西澤さんが、すかさずフォローしていたのはさすがという感じ)虐待が子ども(出演していた当事者の方々は皆さん大人です)に与える影響が十分に伝わったのではないでしょうか。

でも、やっぱり見てて痛いなという場面も多々ありました。
西澤さんの存在が、良くも悪くも目立ってましたね。

虐待経験のある当事者(特にまだ継続している方)に対しては厳しいなと思いました。
被害者を前にしている影響もあったでしょうけど。
やはり、西澤さんは虐待された子どもの援助者だと実感。

番組のクオリティーは、ものすごく高かったと思います。色々な意味で。
posted by akira at 20:41| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月27日

ふたたび「あすの会」について【追記有り】

数字から見えてくるもの
のコメント欄で、ハロー・テキサスさんからいただいた以下のコメント
至極まっとうだと思いますが、こういう動きも出ています。
http://s01.megalodon.jp/2008-0626-0436-39/www.asahi.com/national/update/0625/TKY200806250323.html

について、特に感慨はないので書くことはありませんとのコメントをお返ししたのですが・・・。
あまり反応したくないというか、するべきではないのだろうという思いもあります。

この件について他のblog(元検弁護士のつぶやき:犯罪被害者・遺族も抗議)での議論を読んでいて、書きたいことが出てきましたので記事としてアップすることにしました。

「あすの会」については、以前にぐちゃぐちゃ(その1)で書きました。

ほかのblogでの議論なら、そこに切り込んでいけばよいのですけど、長くなりそうですので自blogに書いてTBを送ろうと思います。
コメント欄での議論では賛否両論があるのですが・・・。
No.13 MultiSyncさん | 2008年6月26日 22:45
記事から読み取れる事実は、「全国犯罪被害者の会」は(正規に確定した)死刑が、決められた通りに執行されることを望んでいる。
と、なりますから正当性は完璧です。

ちょっとここに反応。

モトケンさんのblogのエントリでは朝日「死に神」報道、あすの会が抗議(産経ニュース)を引用しているので、記事の内容が上記の朝日の記事とはニュアンスが随分違います。
「全国犯罪被害者の会」(あすの会)は25日、「犯罪被害者や遺族をも侮辱する内容」だとして、朝日新聞社に「抗議および質問」と題する文書を送付した。
 文書は「確定死刑囚の1日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は、法相と同様に死に神ということになり、死刑を望むことすら悪いことだというメッセージを国民に与えかねない」などとしている。また、死刑執行の数がどうして問題になるのか−など4項目の質問に、1週間以内に回答するよう求めた。

抗議文、全文を引用した方が齟齬がないかな。
公開質問状なので問題ないでしょう。
http://www.navs.jp/2008_6_25.html
【朝日新聞社に公開質問状提出】
2008年6月25日
朝日新聞社
代表取締役社長 秋山耿太郎 様 
 全国犯罪被害者の会(あすの会)
代表幹事  岡  村   勲 
【 抗議および質問 】

平成20年6月18日付け貴社夕刊に「永世死刑執行人 鳩山法相。「自信と責任」に胸を張り、2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神。」という素粒子欄記事(以下「本記事」という)を見て驚愕しました。

永世死刑執行人、死に神の正確な意味は分かりませんが、少なくとも良い意味では使われてはいません。本記事は、法務大臣だけでなく、死刑求刑した検察官、死刑判決した裁判官、執行に関与した関係者等すべてを侮辱するものと言わざるを得ません。

特に衝撃を受けたのは犯罪被害者遺族です。
確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は、法務大臣と同様に永世死刑執行人、死に神ということになってしまいます。

犯罪被害者遺族は、これまで数多くの二次被害,三次被害を受けてきましたが、今回ほど侮辱的で、感情を逆撫でされる苦痛を受けたのは初めてです。

また本記事は、犯罪被害者遺族が、死刑を望むことすら悪いことだというメッセージを国民に与えかねません。

死刑判決が確定した死刑囚に対して、法務大臣が原則として6ヶ月以内に死刑を命じなければならないことは、刑事訴訟法475条に定められており、鳩山法務大臣は、法律に従って粛々と死刑執行を命じたに過ぎないのです。

本来法治国家とは、法律が制定されるだけでなく、それが執行されてはじめて意味を持つものですが、法を執行する法務大臣を非難することは、法治国家を否定することにもなります。

本記事が掲載された後、多くの非難抗議を受けた貴社は、「鳩山氏や関係者を中傷する意図はなかった、法相のご苦労や被害者遺族の思いは、十分承知している」など弁明されましたが、本当に分かっておれば、このような侮辱的な言葉は使用できないはずです。

「風刺はつくづく難しいと思う」ともありましたが、死刑という厳粛な問題を風刺の対象にすることも、不穏当ではありませんか。

そこで、次のとおり公開の質問をいたしますので、1週間以内に全国犯罪被害者の会(あすの会)宛にご回答を頂きたく、お願いいたします。

【 質問事項 】

永世死刑執行人、死に神の意味を明らかにしてください。この言葉に、犯罪被害者は塗炭の苦しみを味あわされているのです。

本記事が、死刑を求める犯罪被害者遺族にどんな気持を起こさせるか考えなかったのですか。考えたとすれば、どうして本記事を書かれたのですか。

本記事後、貴社は「法務大臣や関係者を中傷する意図は全くありません」とのコメントを発表していますが、意図はどうであれ、「永世死刑執行人、またの名、死に神」との記載は、法務大臣に対する侮辱中傷になると思いませんか

6月21日の素粒子「それでも死刑執行の数の多さをチクリと刺したつもりです」とありますが、法務大臣の死刑執行の数がどうして問題になるのでしょうか。
以 上  


私も犯罪被害者ですけど(遺族じゃないけど、自分の受けた犯罪被害と同様の事件で、自分が被害を受けた1週間後に親友を亡くしたことは以前にも書きました)
特に衝撃を受けたのは犯罪被害者遺族です。
確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は、法務大臣と同様に永世死刑執行人、死に神ということになってしまいます。

私は「確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は」と、「あすの会」という、一被害者団体から括られることを由としません。
まるで、被害者代表みたいに読めますもん。

先にリンクした「ぐちゃぐちゃ(その1)」で危惧していた
以前に書いた私の親友が殺害された事件では『無理心中』であった為に、結局、加害者は亡くなりましたが、遺族となったお母さんやご兄弟は「せめて○○さん(犯人)だけでも助かって欲しい」と最後まで祈っておられました。
状況が違うので一概に言うことは出来ませんが、そういう遺族の方もいらっしゃいます。

どういう形で「被害からの回復」を目指すかは個人にゆだねられるべきだと思います。会の目標にそぐわないからといって排除する事は、疑問を抱かざるを得ません。


が、全ての被害者や被害者遺族に波及してしまったようで悲しみすら覚えます。

被害者が、どんなことを考えているか、感じているか、私は「あくまでも個人の意見」として発信してきました。シーラの会も被害者支援の一つ形ですが、私の意見はシーラの会の意見ではないし、シーラの会として表明したものでもありません。

本村さんをはじめとする「あすの会」のメンバー個人が発したなら「被害者遺族は」と言ったとしても、私見となるのだろうと思いますが・・・。
これほどまでに影響力を持った団体が「私達、あすの会は」ではなく「被害者遺族は」と表現してしまう意味を、できれば考えて欲しかったと思います。

心情としては分からなくはないです。てか、こういうふうに「死刑反対」を唱える犯罪被害者の方が少ないでしょうけれど。

この公開質問状にあるような、犯罪被害者遺族が、死刑を望むことすら悪いことだというメッセージを国民に与えかねない。というのは、現在の世論の動向を考えるとありえないでことしょう。誰もそんなことを考えていませんよ。
逆に、犯罪被害者遺族が死刑をのぞまない事が悪いことだとして、一部の被害者遺族の退会を促してきたのが「あすの会」です。

もう一度言います。
どのように犯罪被害から回復するかは、個人にゆだねられるべき事です。また特定の団体の意見が、全ての意見の代表であるかのごとく前面に出でるべきではないと考えています。
本来法治国家とは、法律が制定されるだけでなく、それが執行されてはじめて意味を持つものですが、法を執行する法務大臣を非難することは、法治国家を否定することにもなります。
確かに正論ですけどね。
これが、スタンダードな見解になっていくのでしょうね。


6月27日16:00追記
夕べ夜中に書いてしまったので、かなり難のある文章ですね(反省)
肝心の部分が抜けてるし。で、その部分を追記します。

そもそも「あすの会」の抗議文に反応したくないと思った理由は、自分の家族が受けた被害の加害者の死刑が執行されたわけではないのに、この抗議文を出したことでした。今回の「死に神」発言の元となった、3名の元死刑囚の方々から被害にあった遺族が出した抗議文であれば理解できます。「あすの会」は代理人か何かなのでしょうか?
毎回書いているように、自分の家族を殺害された場合、その加害者の死を望むことは誰にも責めることはできません。しかし・・・。

文中にある『確定死刑囚の一日も早い死刑執行を待ち望んできた犯罪被害者遺族は』という表現は、端的に言えば犯罪被害者遺族は、自分とは関係のない死刑囚の死でさえ望んでいると解釈できます。

朝日の記事を「あすの会」は、被害者遺族に対する侮辱だと書いています。
では「あすの会」のこの発言は、無関係な事件の死刑囚に対して処刑を望んでいない「あすの会」の会員ではない遺族に対する侮辱とはならないのでしょうか?

私だったら「一緒にしないでくれ」と思います。
上記の
>「あすの会」という、一被害者団体から括られることを由としません。
という一文は、そういった意味を書きたかったのでした。

それともう一つ

>確かに正論ですけどね。
>これが、スタンダードな見解になっていくのでしょうね。

について

法律で決まっているからという発言は
刑事訴訟法第四百七十五条  死刑の執行は、法務大臣の命令による。
○2  前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。
に依拠している訳ですが、
その後段には
但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。

第四百七十九条  死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によつて執行を停止する。

という文言が含まれます。

宮崎勤氏の場合でいえば、精神科治療を受けていたこと(幻覚、幻聴があったと聞きます。統合失調症なのか、その他の精神疾患だったのか、拘禁反応だったかは定かではありません)、再審請求の準備をしていると宮崎氏の弁護人は法務省に連絡(5月30日)していました。鳩山さんもその事実は知っていました。
その矢先での執行です。

法律で決まっているからというなら、こちらはどうなんでしょうか?
抗議文についての心情は理解できても、表現方法や手法に問題があると思います。
posted by akira at 01:20| Comment(8) | TrackBack(2) | 死刑制度 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする