2008年02月27日

波紋を呼ぶ東北農政局のポスター


Posterワイドショー・ウオッチャーの私にぴったりのネタ。

今朝、いつものごとくテレ朝系の「スーパーモーニング」を見ていたら、こんなポスターを紹介していました。





「米の過剰作付けはもったいない」と東北農政局が作ったポスターだそうです。このポスターに農家は激しく反発。

毎日新聞の報道を引用します
「米の生産調整」への理解を深めてもらおうと局内で文言などを検討し、3万枚作製。今月から東北地方の農協などに張り出された。「MOTTAINAI」という文言付きで、「麦・大豆等へ転作し、自給率を向上」「限られた水田を有効利用することが、国民共通の利益」などと呼び掛けている。


この報道に対し、コメンテーターの鳥越俊太郎さんが、いつになく反応しました。鳥越さんは農業(米作り?)への思い入れが強いらしく、他のコメンテーターの発言に被さるように発言。
「転作を勧めるぐらいなら、余った米で発展途上国へのODAを現物支給すればいいんだ」(akiraによる意訳)

農家の収入も補償され、余った米の有効利用ができれば言うことはないですが・・・。

確かに、お金を渡しても本当に困っている人には行き渡らないかも知れず、現物支給の方がまだしもと思えます。それでも直接支給にでもしなければ横流しの心配はありますし、できた米を政府がそれなりの金額で買い取らなければ、それでなくても余っている米が溢れて値崩れを起こすやも知れず・・・。

素人には良い考えだとは思うんですけど、そう簡単ではないことのように思えます。
posted by akira at 23:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

特攻隊になりたかった少年

最近の自分の傾向に我ながら危惧を覚える今日この頃です(^.^;
ちょっと軌道修正して、私のDNA塩基配列の半分がどんな風に決定されたか(なんのこっちゃ)についてのお話。

私は8歳までしか一緒にいなかったので、父がどんな人生を送ったか詳しくは知りませんが・・・。

父は昭和4年に満州で生まれ、少年時代をそこで過ごしました。日本に帰ってきたのは戦時中のこと。

思春期を迎えた父は、ご多分に漏れず軍国少年への道をまっしぐらに進みます。終戦の少し前「少年志願兵」として、日本国海軍に配属されました。本当は予科練(特攻隊になりたかった)を志望したらしいのですが「目が良すぎる」ため、海軍に回されたと言っていました。本人談なので真偽のほどは定かではありません。

特攻隊にあこがれた少年兵は、戦闘のために外地に赴くことなく終戦を迎えたのでした。終戦当時は本土の某所(聞いた記憶はあるのですが、場所は忘れました)で、米軍の無線を傍受する任務に就いていたとか。父の表現では「地下に潜っていた」らしい。
かの玉音放送も終戦も知らず1週間以上たってから、外に出てきた父は、その頃から「日本」という国に不信感を持ち始めたようです。

戦後しばらくして遠洋漁業の船に乗っていたおりに、ソ連に拿捕されるという経験をしています。で、かつての軍国少年は「赤く」染まって帰って来たのでした。
当時の情勢もあり自分が共産党員だということは、周囲に知られないように生きていた節があります。
私が物心ついた頃にも、まだ思想的には左寄りで(党員だったかは不明)、結婚後、父に影響された母もまた左寄りでした。選挙前などに夫婦で、それらしい話しをしていたのを薄ぼんやりと覚えています。実際に何か活動していた記憶はないのですけどね。

私たちコドモには何の事やらよく分かりませんでしたが、思想的なことは口外しないように言われていて、子ども心に何やら秘密めいていて不思議な親だなあと思っていました。

両親が結婚した頃には、父は建設業に従事していたようです。私が生まれた頃、働きながら独学で建築士の資格を取ったと聞いています。各地を飛び回り大きな仕事もこなしたといいます。その後、独立して自分の会社を持ちました。

私がもう少し大きくなってからの父のことは、以前書いたので割愛。

母と別れてからは、再婚相手とビル管理人として退職まで勤め、子ども(私の妹)を育てました。私は成人してから数回、父の元を訪れたことがあります。日が当たらない2間きりの管理人室で親子3人、慎ましく暮らしていました。
私としては、あの奔放だった父が地に足の着いた生活をするようになったのを喜んでいたのですが、本人は、そこでの暮らしを不本意に感じていたようで「こんな暮らしで恥ずかしい」とこぼしていました。

父の曾祖父は鍋島藩の家老だった人で、父の父(私の祖父)は、満州で手広く事業をしていました。その兄弟にも何人か立派な職業に就いていた人がいます。いわゆる家柄というやつですね(私はこの言葉が大嫌い)。父としては、自分の家柄とか血筋に恥じないように、何かを成し遂げなければという思いが強かったようです。

10年ほど前、父は○○墓地にあった先祖代々の墓を、馬鹿でかい墓に作り直しました。そして墓所内に自分達のための墓(父は今、そこに眠っています)と建立碑も建てました。(建立碑でっせ!)
その碑文には「関東初代○○家の墓・・・」と書いてあるのですが、実は再婚時に、相手方の養子になってしまったので先祖とは名前が違うのです。墓所は父が相続していたのすが、姉弟(9人姉弟の下から2番目で長男)と絶縁していたので、たぶん黙ってやったのだろうと思います。

満州で生まれ育ったこと、愛国心に燃えた思春期、ソ連に拿捕された経験、共産主義に傾倒していた時代、数々の恋愛、自分の会社を立ち上げ仕事を成し遂げた自負と挫折。そして、一生を貫いている家柄へのこだわり・・・。

私のDNAの半分は、このような人生をおくった父から受け継いだものです。そして残りの半分は、もっと破天荒な人生を歩んだ母のDNA。
DNAだけでなく(短い時間だったとはいえ)『この』両親から育てられ多大な影響を受けています。
私には家柄へのこだわりはありませんが(反面教師)、考え方とか指向は間違いなく父似です。(爆)
しかし、私もまた様々な体験をし、今の自分があるわけです。
なので、たとえ誰かにラベリングされたとしても、それは私の一部分でしかありません。

人は皆、色々な側面をもって生きているので、ある一部分が相容れなくても、分かり合える部分はきっとあるはずです。一つの側面だけで全部を決め付けない様にしないとなーと思います。(深く反省中)
posted by akira at 16:55| Comment(8) | TrackBack(1) | 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月26日

カテゴリー難民?

blogカテゴリーを「政治、経済、国際情勢」に変更しました。
ランキングに入ってから、私のblogって「くらし」じゃないよなー。という気持ちが強くなってしまって。

今まで書いてきたことは、全て私の暮らしに密着していることではあったのですけど。

でも、経済も、国際情勢、かたれないし・・・。
ニュースの法がまだしっくり来る気もするけど。
カテゴリー難民(?)というか、カテゴリー・ジプシーというか。
ラブログにはスッキリなじめる、カテゴリーがないのです。


posted by akira at 22:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月25日

扱いにくい女やねん

おもしろそうなんでやってみました。
取扱説明書メーカー

akiraさんをご使用する際には以下のことに気を付けて下さい。
• ごくまれに、数秒間ほど反応がなくなることがありますが、仕様です。
• ごくまれに、音声が乱れますが、仕様です。
• ごくまれに、電波の影響を受け誤動作することがありますが、仕様です。
• シンナーなどの有機溶剤は動作がおかしくなる原因になりますので、使用しないで下さい。

また、akiraさんを以下の場所でご使用にならないよう気を付けて下さい。
• 人気の無いところ
• なにかの上
• 汚いところ

akiraさんが故障かな?と思われる場合は以下のことを試してみて下さい。
• 疲れている可能性がありますので、休ませてあげましょう。

それでもakiraさんが正常に動作しない場合は。
• それが、akiraさんの正常な動作です。

特に最後が・・・。
posted by akira at 13:30| Comment(10) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月23日

子ども虐待という第四の発達障害

子ども虐待という第四の発達障害
学研のヒューマンケアブックス 杉山 登志郎 (著)

今まで心理学的な言葉で説明されてきた「トラウマ」に対して、科学的ではないと噛みつく人達がいます。
しかし5〜6年前から、児童虐待など(トラウマになるような体験)によって「脳」そのものに不可逆的な変化が起きるという説が有力視される様になってきました。

最新の検査方法(fMRIやPETなど)が導入され、非侵襲的に脳内の様子が観察できるようになり、該当部位の容量や機能の変化を客観的に調べたデータが蓄積されつつあります。

最近では、そういった内容の専門書が多く出版されるようになりましたが、その中でも、上記で紹介した本は一般の方でも十分に理解できるほど平易な文章で書かれており、また非常に興味深いテーマを扱っています。

私が児童虐待によるトラウマについて学び初めたのは10年ぐらい前です。それは、ちょうど学習障害やADHDが話題になり始めた頃と重なります。当時、私の師匠(現在のボスです。笑)が「ADHDは除外診断なのですよ」とよく言っていました。
どういうことかというと、児童虐待を受けた子どもはADHD様の症状を示すことが多いので、ADHDの診断をする場合は児童虐待の既往があるかどうか良く聞き取らなければならない。その可能性が否定されて初めてADHDと診断できる、ということなのです。

一部の専門家の間では経験的に共有されていたことですが、一般的(医師や教師も含め)には余り知られることがありませんでした。
経験的に知られていたそれらのことを、科学的なデータを示しつつ解き明かしたのが、この本の特徴と言えましょう。(あくまでも、私の感想です)

ADHDと虐待の後遺症(脳の変化に基づく)の鑑別方法は「解離症状があるか」どうかだそうです。詳しくは清書を読んでくださいね。

発達障害、児童虐待、どちらに興味がある方も、一読をお勧めいたします。



posted by akira at 17:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする